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ステンドグラス

ステンドグラスとは、染められたガラスを意味します。色彩を施したガラスを種々に切り、鉛で接合して絵画や模様などを組み立て、窓や欄間などの装飾に用いられます。別名、モザイクやペインティンググラスとも言います。

起源は定かではありませんが、古代エジプトないしは東方世界で、ガラス製法の歴史と相まって発展したと考えられています。12-13世紀には、大規模な石造穹窿天井を持つ教会堂が建立され、内部は多様なステンドグラス入りの窓で覆われました。特に、フランス北部地域などの各都市中心部に位置するゴシック様式の大聖堂では、入り口上部にうがたれた巨大な円形のバラ窓をはじめ、内陣周歩廊や側廊部などの多数の高窓の全てにステンドグラスが用いられました。

ガラスの色彩については、12世紀には、明るく澄んだ青と、透明ガラス板にうすい被膜に紅色をかけた赤ガラスが基調とされ、13世紀後半には、量産が可能となった白ガラスが、濃い青ガラスとともにその時代の教会堂ステンドグラスの特徴となります。14世紀になると、銀の酸化物を用いた黄色ガラスが作られて、琥珀色から黄金色にいたる多彩な黄色が登場し、中間色も自在に創り出せるようになり、格段の進歩を遂げました。ルネッサンス期には、さらに遠近法に基づいた空間表現も現れ、16世紀には第二の隆盛期を迎えました。しかし、近代に入っては衰退してきています。(新カトリック大事典より)

大浦天主堂のステンドグラス

天主堂内には、正面祭壇奥に『十字架のキリスト』像(幅1.5m・高さ3m)が掲げられています。これは、1865年天主堂の建立を記念して、フランスのマン市のカルメル修道院から寄贈されたものです。十字架上のキリストとその右に立つ聖母マリア、左には使徒ヨハネ、また十字架の下にひざまずくマグダレナ・マリアを描いたものです。日本にあるステンドグラスでは最も古いものに属すると言われていましたが、原子爆弾の爆風によって大破し、今日のそれは、戦後の復旧工事でパリのロジェ商会に発注したものです。

後・側廊や高窓にもステンドグラスがはめ込まれています。こちらは色とりどりのガラスで装飾されています。
天主堂内のステンドグラスは3度変遷しています。現在のステンドグラスには、1879年の改築時のもの、次に1945年の原子爆弾で大破し戦後に修復されたもの、そして1990年の台風被害により破損しその後修理されたものがあります。そのため、同じ色のものであっても、少しずつ色味や透明度が異なるのが見て取れます。製法上、全く同じというものを作ることができないためです。

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